岡山地方裁判所 平成元年(ワ)482号 判決 1992年2月25日
原告
尾上美江子
ほか二名
被告
河野敏男
主文
一 被告は、原告尾上美江子に対し金四七一万〇〇八一円及び内金四三一万〇〇八一円に対する昭和六三年一二月二日から完済まで年五分の割合による金員、原告尾上寛子、同尾上映子に対し各金三四六万四二七九円及び各内金三一六万四二七九円に対する昭和六三年一二月二日から完済まで年五分の割合による金員、を各支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は八分し、その一を被告、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告尾上美江子(以下、原告美江子という)に対し、金三九三五万七八七〇円及び内金三六八五万七八七〇円に対する昭和六三年一二月二日から完済まで年五分の金員、原告尾上寛子(以下、原告寛子という)、同尾上映子(以下、原告映子という)に対し、各金一九〇六万九〇八五円及び各内金一七八六万九〇八五円に対する昭和六三年一二月二日から完済まで年五分の金員、を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 昭和六三年一一月一〇日午前〇時一五分ころ、山口市大字吉敷三二二四番地竹下ビル先の道路上において、被告運転の普通乗用自動車(以下、被告車という)と、尾上正闊(以下、尾上という)が乗つた自転車(以下、被害自転車という)が衝突した。
2 尾上は、本件事故により急性硬膜外血腫の傷害を負い、昭和六三年一二月一日午後一時、多臓器不全の状態で死亡した。
3 被告は当時、被告車を運行の用に供していたから、本件事故につき自賠法三条により損害賠償責任がある。
4 損害
イ 原告美江子の損害
Ⅰ 入院雑費 二万五二〇〇円
一日一二〇〇円の二一日分
Ⅱ 付添看護料 九万四五〇〇円
一日四五〇〇円の二一日分
Ⅲ 葬儀費用 一〇〇万円
ロ 尾上の損害
Ⅰ 治療費 三五万五七〇〇円(自賠責保険から支払済)
内訳 山口病院 六五六〇円
済生会山口総合病院 三四万九一四〇円
Ⅱ 休業損害 三五万八七四〇円
尾上は基本給二八万三四〇〇円、付加給一日平均九四三三円を得ていたが死亡までの一七日間に、基本給について一九万八三七九円、付加給について一六万〇三六一円の合計三五万八七四〇円の休業損害を被つた。
Ⅲ 逸失利益 八九二八万六四〇〇円
尾上は死亡当時、満四二歳の国家公務員で、昭和六二年の給与所得は六三三万三四三九円であつたところ、国家公務員については定期昇給規定が確立しており、定年後の再就職による所得減少を加味しても稼働可能年齢の満六七歳まで少なくとも年平均八〇〇万円の所得を得られるはずであり、生活費控除を三割とすると、逸失利益は前記のとおりとなる。
Ⅳ 傷害慰謝料 一五〇万円
二一日間生死を彷徨つた苦痛の慰藉料
Ⅴ 死亡慰謝料 二四〇〇万円
妻と就学年齢の二児を抱える一家の大黒柱である。
5 相続
原告美江子は妻、その余の原告らは子であり、法定相続分により相続した。
6 損害の填補
前記治療費の填補以外に、自賠責保険から二五一六万八八〇〇円の支払いを受け、法定相続分に従つて損害の填補に充てた。
共同不法行為(医療過誤)者の山口病院から一八五〇万円の支払いを受け、法定相続分に従つて損害の填補に充てた。
7 弁護士費用
原告美江子は二五〇万円、その余の原告らは各一二〇万円が相当である。
8 よつて、原告らは被告に対して、次のとおり請求する。
原告美江子は、前記イのⅠないしⅢとロのⅡないしⅤの各相続分合計五八六九万二二七〇円から前記損害の填補額二一八三万四四〇〇円を控除した三六八五万七八七〇円、その余の各原告らは、前記ロのⅡないしⅤの各相続分合計二八七八万六二八五円から前記損害の填補額一〇九一万七二〇〇円を控除した一七八六万九〇八五円及び右金員に対する死亡翌日の昭和六三年一二月二日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金並びに前記7の各弁護士費用。
二 請求原因の認否
1 1の事実は認める。
2 2の事実中、尾上が死亡したことは認めるが、その余の事実は不知。なお、本件事故と尾上の死亡との間の相当因果関係は否定できないとしても、尾上の当時の飲酒や帰宅を希望して入院の説得が困難であつた事情を加味すると、死亡による全損害を被告に負担させることは相当でなく、寄与率によつて評価すべきであり、少なくとも慰謝料の算定にあたつて考慮されるべきである。
3 3の事実中、被告が当時被告車を運行の用に供していたことは認めるが、その余の主張は争う。
4 4について
イのⅠは争う。
イのⅡは不知。なお、完全看護を受けており、尾上の生活のため付添の必要がある状態にはなかつた。
イのⅢは不知。
ロのⅠは認める。
ロのⅡは不知。なお、入院期間一六日は有給休暇をとつている。
ロのⅢのうち、尾上が死亡当時満四二歳の国家公務員であつた事実は認めるが、その余の事実は不知。なお、国家公務員の定年は六〇歳であり、生活費控除は五割が相当である。
ロのⅣとⅤの各慰謝料額は争う。過大である。
5 5の事実は認める。
6 6の事実は認める。
7 7の事実は争う。
三 抗弁
1 過失相殺
尾上には重大な過失があり、少なくとも八割の過失相殺が相当である。
尾上は横断歩道から一七・五メートル湯田温泉方面に寄つた、しかも被告車の走行車線内において被告車と衝突しているもので、尾上は当時飲酒酩酊して道路中央を進行していたものである。
現場には左右に歩道もあり、そこは自転車の通行が禁止されておらず、尾上がわざわざ車道の中央付近を走行する必要は皆無であつた。
尾上が前記横断歩道の手前で右折中であつたとの原告ら主張は事実と符合しない不自然なものである。
被告は現場手前の交差点において時速約四〇キロで右折を開始し、前記湯田温泉寄りの横断歩道手前(同交差点の中)において、尾上が道路中央を進行して来るのを認めたが、尾上も被告車に気付いたのか被害自転車のハンドルを右(被告側からみて、以下同様)に切つた。そこで、被告は道路の左側走行車線を、そのまま通過出来ると判断したところ、今度は原告が逆に左にハンドルを切つたため、被告は危険を感じて急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つたが間に合わず、停止寸前の被告車が被害自転車に衝突し、尾上は被告車のボンネツト上に乗り上げたうえ道路上に落下した。
2 損益相殺
交通事故の被害者が口頭弁論終結時までに支給された国民年金、厚生年金、共済年金等は損益相殺されるべきものである。
しかるところ、原告美江子は遺族基礎年金二〇一万六九一三円、遺族共済年金八八万五六九九円の合計二九〇万二六一二円が支給されているから、右支給金額が損害の填補に充てられたことになる。
原告寛子と原告映子についても、遺族基礎年金の各八六万〇一〇〇円を損害の填補に充てられるべきである。
四 抗弁に対する答弁
1 過失相殺に対して
尾上は事故直前、湯田温泉国道九号線車庫前から国道九号線バイパス松ケ鼻交差点まで、東南から北西へ通ずる幅員約七メートルの市道(本件道路)を北西へ向けて道路左側を自転車に乗つて進行し、同道路と前記国道九号線バイパスが斜めに交差する松ケ鼻交差点の手前にある横断歩道の手前から小回りして横断歩道を右側に渡ろうとしてハンドルを右に切つて走行していたところ、被告は被告車を運転して右バイパスを西方から東方に向け進行して来て本件交差点に進入し、同所で右折して本件道路(市道)に進入した際に、被告車の右フロントバンバー付近を尾上の自転車の前輪左側面付近に激突させたものである。
2 損益相殺に対して
争う。
第三 証拠は本件記録中の書証、証人等の各目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、甲第五号証によると、尾上は本件事故で頭部に外傷を受けて急性硬膜外血腫の傷害を負い、昭和六三年一二月一日午後一時済生会山口総合病院において、右傷害により死亡したことが認められ、右受傷内容に徴すると、尾上の死亡は本件事故に起因するものというべきである。
二 被告が当時、被告車を運行の用に供していたことは争いがないので、被告は本件事故により原告に生じた損害の賠償責任がある。
三 そこで、損害について検討する。
1 原告美江子の損害 合計一〇二万九七〇〇円
(1) 入院雑費 二万五二〇〇円
甲第三、第四号証によると、尾上は原告主張の二一日間入院したことが認められるところ、入院雑費は一日当たり一二〇〇円が相当であるから、右掲記の金額となる。
(2) 付添看護料 四五〇〇円
甲第三、第四、第二〇号証、甲第三一号証の一、二、九、一〇、一一、甲第三二号証の六、甲第三三号証の二三八、原告美江子本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、尾上は一一月一〇日の事故直後、救急車で山口病院に搬送され、当時は意識があり、会話も可能で三人部屋に収容されて妻が付添いをしたが、その後、次第に容体が悪化して意識喪失状態に陥つた結果、同日午前九時過ぎ頃、済生会山口総合病院に転院し、開頭手術を受け、以後集中治療室で死亡まで治療を受けていたことが認められるので、妻の付添の要があつたのは一一月一〇日の一日のみであると認めるのが相当であるところ、その費用は一日当たり四五〇〇円が相当である。
(3) 葬儀費用 一〇〇万円
原告美江子本人尋問の結果によると、同原告において尾上の葬儀を執り行つたことが認められ、同本人尋問の結果に弁論の全趣旨から認められる尾上の年齢、境遇、社会的地位等に徴すると、その費用は一〇〇万円が相当である。
2 尾上の損害 合計八五〇二万二四三〇円
(1) 治療費 三五万五七〇〇円
掲記の金額及び右金額が自賠責保険から支払済みであることは争いがない。
(2) 休業損害 〇円
乙第一号証によると、尾上は死亡までの欠勤期間中、給与の全額の支給を受けたことが認められる。
(3) 逸失利益 六二三六万六七三〇円
尾上が死亡当時、満四二歳の国家公務員であつたことは争いがないところ、国家公務員については六〇歳の定年制が施行されているので、国家公務員として勤務できるのは今後一八年間となるところ、甲第七号証によると、昭和六二年の給与所得は六三三万三四三九円であつたことが認められる。
そして、定年後も六七歳までの七年間、少なくとも同年齢の男子並みの収入を得ることができるものと認めるのが相当であるところ、その年収は、賃金センサス(昭和六二年第一巻第一表の産業計全労働者の年齢別(六〇歳から六四歳)年収)によると、三二三万八八〇〇円であることが認められる。
なお、尾上が稼働可能年齢の六七歳まで、少なくとも八〇〇万円の年収を得ることが可能であるとの点は、その的確な証拠がない。
しかして、生活費の控除は、定年まで三〇パーセント、定年後は四〇パーセントとみるのが相当である。
そうすると、次のとおり、逸失利益は合計六二三六万六七三〇円となる。
六三三万三四三九円×〇・七×一二・六〇三=五五八七万四二三二円
三二三万八八〇〇円×〇・六×(一五・九四四-一二・六〇三)=六四九万二四九八円
(4) 傷害慰謝料 三〇万円
受傷の内容、治療経過等に徴すると、三〇万円が相当である。
(5) 死亡慰謝料 二二〇〇万円
妻子三人を抱える一家の柱であること等に徴すると、二二〇〇万円が相当である。
3 相続
原告美江子が尾上の妻、原告寛子、同映子が子であること、原告らが法定相続分に従つて尾上を相続したことは争いがない。
4 損害合計
原告美江子
固有の損害一〇二万九七〇〇円と尾上の損害の相続分四二五一万一二一五円の合計四三五四万〇九一五円
原告寛子、同映子
尾上の損害の相続分の各二一二五万五六〇七円
5 過失相殺
甲第一一号証の一ないし五、甲第一二号証の一、二、甲第一三ないし第一五号証の各一、二、甲第一九号証の一ないし三、甲第二六ないし第三〇号証によると、以下のような事実を認めることができる。
本件事故現場は、ほぼ西方(小郡方面)からほぼ東方(県庁方面)に通ずる国道九号線山口バイパスと、ほぼ南東(湯田温泉方面)からほぼ北西(美東方面)に通ずる市道が斜めに交わる交差点のほぼ北東詰から湯田温泉方面寄りに約一六・九メートル位市道に入つた、その車道のほぼ北東寄りの地点である。
市道は全幅員約七・四五メートル、車道幅員約五・九メートルで、その北東側に幅員約〇・四メートルの外側線が白ペンキで表示され、その外側に縁石で仕切られた幅員約一・五メートルの歩道があり、また車道の南西側に幅員約〇・二五メートルの外側線が白ペンキで表示され、その外側に非舗装の空地があり、車道はコンクリート舗装され、平坦で直線であり、乾燥していた。なお、中央線はなく、コンクリート舗装の継ぎ目が車道の中央に存在した。現場には街灯等の照明も、月明かりもなく、見通しは約二〇メートルであつた。
被告は当時、勤務を終え、前記バイパスを時速六〇キロ位で北進して前記交差点において、湯田温泉方面に向かう前記市道に進入するため、時速四〇キロ位に減速して右折中、前記交差点のほぼ北東詰の横断歩道上付近において、前方二三・三メートルの市道の車道中央付近に、湯田温泉方面から市道中央付近を、左右に揺れるような態勢で対向進行して来る尾上の自転車を発見したが、その左側(被告からみて、以下同様)に、そのまま進行できる余地があり、尾上が被告車を避けて呉れるものと考えて尾上の左側を通過しようとして、そのまま進行し、尾上に約一二・八メートルに接近したところ、尾上が被告の進行車線に進出して来たため、危険を感じて急ブレーキをかけると共に左方にハンドルを切つたが間に合わず、被害自転車の前輪付近に衝突し、尾上がボンネツト上に跳ね上がり、被告車は、そのまま約八・七メートル位進行した前記縁石に被告車の左前輪が接触した状態で停止し、尾上が路上に落下した。
右のとおり認められる。
なお、原告らは、衝突地点が被告主張の地点よりも、もつと、前記交差点北東詰の横断歩道寄りの地点であり、尾上は、そこで右折中であつたと主張するが、これを首肯させて、前認定を覆すに足りる確証はない。
即ち、衝突場所が、もつと交差点寄りであつたとの点は、被害自転車の破損の程度が大きくないこと、尾上に目立つた外傷が殆どなかつた事実に照らしても、たやすく認め難いし、また甲第一九号証の三の写真一三、一四によつても、被告車と被害自転車の衝突時の態様が認められるに過ぎず、そして、それは前認定の衝突時の両者の態勢と矛盾するものではなく、衝突前に尾上が右折中であつたことの確証足り得ないし、甲第八、第九号証も作成者である原告美江子の想像の域を出ないものである。
以上に認定判断したところによれば、被告は尾上を発見した際、同人が車道中央付近を、左右に揺れるような異常走行をして来るのを認めていたのに、その左側に被告車が進行出来る余地があり、そして尾上が被告車を避けて呉れるものと速断して、特段の減速措置もとることなく漫然進行した点に過失があるというべきであり、他方尾上も安易に車道を進行した点に落度があるというべきであつて、双方の過失を対比すると、被告が二に、尾上が一と評価するのが相当というべきである。
6 過失相殺後の損害賠償額
被告は、原告美江子については前記合計四三五四万〇九一五円の三分の二に当たる二九〇二万七二七六円、原告寛子、同映子については前記各二一二五万五六〇七円の三分の二に当たる一四一七万〇四〇四円を賠償すべきことになる。
7 損害の填補
損害の填補として、自賠責保険から治療費分として三五万五七〇〇円及びそれ以外分として二五一六万八八〇〇円、山口病院から一八五〇万円の合計四四〇二万四五〇〇円の支払いを受け、これを法定相続分に従つて損害の填補に充てたことは、原告らにおいて自認するところなので、填補額は、原告美江子については二二〇一万二二五〇円、原告寛子、同映子については各一一〇〇万六一二五円になり、また、原告美江子は、甲第三八号証の一ないし四によると、国民年金の遺族基礎年金として二〇一万六九一三円、甲第四二号証の一、二、甲第四三号証の一ないし三によると、共済年金の遺族共済年金として六八万八〇三二円の合計二七〇万四九四五円の支払いを受けているので、これを原告美江子の前記未填補損害額の填補に充当するべきであり、なお、原告寛子、同映子については、調査嘱託の結果、甲第三五号証の二、三、甲第三七号証の三、四、八、九によると、国民年金の遺族基礎年金については同順位の母の原告美江子が年金を受給しているため支給停止となつていることが認められるから、充当すべきものはない。
以上によると、被告が賠償すべき未填補損害額は、原告美江子について四三一万〇〇八一円、原告寛子、同映子について各三一六万四二七九円になる。
8 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告らは原告訴訟代理人弁護士に本件の提訴追行を委任していることが認められるところ、本件事案の難易、訴訟経過、認容額等に徴すると、被告において賠償すべき弁護士費用は、原告美江子について四〇万円、原告寛子、同映子について各三〇万円が相当である。
9 結び
本件請求は、被告に対して、原告美江子が未填補損害額四三一万〇〇八一円、原告寛子、同映子が未填補損害額各三一六万四二七九円及びこれに対する不法行為後の昭和六三年一二月二日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金並びに弁護士費用として原告美江子が四〇万円、原告寛子、同映子が各三〇万円の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三島昱夫)